カテゴリー「心と体」の記事

2015年7月21日 (火)

腰をモデリング出来んやろか

うち先週から腰痛やねん。作るに集中で体のこと忘れる質と分かっても突き進んでしもうてどもならん。

台風行って梅雨明けやのに外を歩けん。そんで久しぶりの3Dモデリングで退屈しのぎや。長時間座るのもつらいんで今のTVをモニターにしてるPCで寝っ転がってする。

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モデリングはガンバってこのくらいは出来てたんやけど。。。新しもん好きの移り気で5年ほったらかして忘れてもた。。。昔の教本出してきて再学習やで。

まっすぐにコントロールポイントみたいに腰伸ばせたらええのにと思いながら。バージョンは5つアップしても基本はそんなに変わらんやろう。

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このPCには29日のリリース迫るお試し版のWindows10が入ってる。動作するか分からんのでお試し版のShade15をインストールしたった。見かけは走っとる、でも時々ショートカットが不安定効かん時がある。

Illutration0042 練習がてら季節がら作ったデータはトマトや。お試し版で透かし入りでレンダリングや。

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ついでにこれは連れ合い君作、家の横畑のリアルトマトや。なんの作用かハートにモデリングされとる。

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2014年3月30日 (日)

でじたるでグルグルタングル そん前の2

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その前書きによるとアメリカマサチューセッツ州でのことや。修道僧として精神修行の経験のあるリックさんがカリグラファーでポタニカルアーチストであるマリアさんが無心で創作に励むあり方を見てこれ瞑想と同じやんと気付いたのがきっかけやったとか。

ネットで調べるとこの協会が出来たのは2008年で最近やん。そこが持ってるメソッド特許出願中や。あちらに行って15万円位かかるらしい集中講義でCZT(Certified Zentangle Teacher)の資格を取らないと人に教えることは出来んのやって。
著作権は一般的な素材集と同じ教本・パターン本を買ったら使える。もちろんひとりで楽しむために。Zentangleと歌わずインスパイアされた個人の作品として商用利用は出来るみたいや。

だからZentangleの"zen"は日本語の座禅の「禅」、"tsngle"は絡まる・もつれ合うという意味や。Google翻訳やと「昆布」になる。これにはワロタが滋味深い出汁で間違いでもないかも。

経験して実感しないと理解できんやろうけどうちも集中して描いてる時瞑想状態に入る。自分に深く入り知らずにダメージな感情が浄化されてたんや。子どもん時の13年いじめにモラハラ、子ども全部不登校、残ったPTSD。精神のクスリ漬けや自死にもならずよくも耐えた。無心でお絵かきしてきたお陰や。あるトールペイントの講師友だちは言うてたな。

ゼンタングルの3つの心

  • 上下がない
    上下の基準は人の都合や、宇宙には無いねん。
    どこから描き始めてもどこから眺めてもええんや。
    もちろん上手い下手もない。
  • 正解がない
    だれにも下書き無しに数ステップで描けるようにパターンは出来てる。
    だけどもお手本どうりにはならないもの。
    みんな違ってみんなええんや。
  • 失敗がない
    消しゴムや修正ペンは使わん。
    行いはすべて天にはお見通し。
    やったことすべてを受け入れ何とかする。

この日本にも写経や写仏があるやん。創作率を少なくし作業に集中するようにしてるんは同じや。去年買った護符を自作する本にしても心を沈める作法の後書き写すんやもんな。それよりゼンタングルは創作率があるわそこが新しさや。

それを思念で出来てる霊界と同じよな電気信号で出来てるでじたるで描くねん。さてどうなるんやろ。。。

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2013年11月10日 (日)

あの世のようでこの世の話

役員の仕事に公演への責任出席というもんがある。広く公演参加を呼びかけながら空席が無いようにする講演者への気遣い。いつもうちなんかヘンと思いながら行ってる。

きのうはその責任出席で地区の人権協議会主催公演

「命のバトンタッチ ~映画「おくりびと」に寄せて~」
原作者 作家・詩人 青木 新門氏

話は富山の机ひとつの出版社から発行した原作「納棺師日誌」が映画化されるまでの経緯、そして自身の歩んできたことや。さすが作家さんや、悲惨な話も笑いに変えてつかみが上手いな。最後まで聞かせてくれたわ。今まで責任出席で様々な公演に行ったんやけど用意した言葉が底をついて後半はみんなで体操というのもあったんやで。

そしてひょんな運命から納棺師になる前戦時中の幼い頃から水際歩いてきた人なんやなと感じるわ。水際で寄り添い様々な人生を見送って来た。これから彼岸に行く棺という船には名誉も地位もお金も乗せていく事は出来ひん、持って行けるんは自身の体験だけや。それを知ってるから映画のクレジット無しでも平気で家族や親戚、世間の蔑みを誇りに転じ本に著すことが出来たんやろなと思うねん。

この中で身近に死が迫った時目にするもの輝いて見える話があったな。うちちょうど今頃がんの告知を受けたんや。公園の紅葉がひときわ鮮やかに見えたん覚えている。もうすぐ11月18日Ope記念日や、もう生き延びて8年目になるんやな。

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2013年10月23日 (水)

違いが見える人見えない人

Mylife0025 今年度自治会役員してんのや、月に一度公民館に集まっての定例会がある。もう地域の秋祭りに参加せんようになって数年経ってる。今月は特に決め事や通達もないんでNPO法人はちどり人権塾に来て頂き人権研修会したんや。

中身は20分の啓発ビデオ視聴と班に分かれて「中学生はバーマをかける」等といろんな事例の絵カードを〈許せる〉〈許せない〉〈どちらとも言えない〉に分けるというワークショップ。3枚程度でタイムアップ。一歩出して終わりって感じ、アンケートにどうとも言えないに◯や。

うち学校で13年いじめられ、ボッチやった。そんな学校でも道徳や穴埋めに人権学習会があったん。外の差別とうちのいじめはなのに同じもんやのにちっともうちへのいじめが減ることはなかった。だからうち人権と言う言葉に今でも胡散臭さを感じてまうん。仲良くしようと何をいまさら、最初から仲良くしてくれたらええのに。。。気持ちを教室に置いとく場所に困ってた。

それはおいといて、人権学習の初級は当たり前と同調圧力に染められている自分に気づくかやな。さっきのカードはどこに置くかムリに裏の事情を考えさせるように曖昧にしてあるんやね。小さい違いを見分けたり時代や場の空気を読む能ないけれどその代わりよう考えてるからすぐ分かったわ。普通の中でそつなく立ちまわってきた人にはどうなんやろ? 班の中でうちだけ思うてることバンバン言うてたような気がする。

ついでにアンケートの些末事でひとつ。脳の特性でもの見え方感じ方の違うため偏見を持たれやすいASDについても関心を持ってもらいんやけど時間が無なさすぎた。ASDと書こうとしてPSDと書いてしもた。。。こりゃフォトショの拡張子しやん。。。今頃向こうさんはこれなんじゃになってるやろうな。

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2013年9月29日 (日)

もともと文字はスピリチュアル

第六感より視覚優位なうち世の中にある変な形や色に惹かれてしまう。9月27日さよならしに神戸元町海文堂書店に行った時に文字についての本を2冊買うて来たんや。

Books004 その内の一冊が大宮 司朗著霊符全書(なぜかGakken)という本。護符とも言う御札の財運、厄除け、恋愛成就などのお願いに効く御札の作り方と作法、用い方が書いてある。扱い方はパワーストーンとほぼ同じで貼ったり持ち歩いたりするんやって。ただ人には見せたら惡気で汚れて効力が無うなるそうや。石やって人にムヤミに触らせるもんちゃう、要らぬ氣を取り込んでしまうから。でもさすが飲み込むんは。。。石ではムリやろ。。。うち紙でも御免被りたいわ。

おっと話がそれた。うちらがキーボードなどで呼び出して並べて意味なす文字ももとは呪術や占いに使われたもんなんやで。漢字は亀の甲羅に書かれた甲骨文字が始まり。うちは倉敷にある古物館で見たことがある。後、金門文字として鏡や酒器の青銅器に魔除けや国を寿ぐ文字が刻み込まれている中国一級文物も展覧会で見たわ。当時の権力者は文字そのもんの霊力を利用してたんやね。

考えてみると文字って不思議やわ。言葉はその場だけやん、でも文字はさまざまな支持体に彫ったり書いたりして残せる。それを持って遠くに伝えまた複製して広くおんなじことを広めも出来る。その伝播力じたいミラクルやったんやね。今もこうしてネットで一瞬に誰かの意識が世界中に伝わってるやん。

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著者の意図から外れてゴメン。今んところお金は必要な分あるし来るし、良う無いことも要るときゃ要るわで特にお願いも無し、霊力アップで自慢する気さらさら無いねん。だから御札要らんの。ただ幼稚園以前の頭で象徴的形そのまま感じるまま楽しんでみたいん。霊符の文字を感じで読んでデザインとして不思議に面白がりたいだけやねん。

それに付属資料として道教やその神々の図多く東洋美術鑑賞と理解にも役立ちそう。昔の絵って西洋ではギリシャ神話や聖書の話で宗教が絡んでるんやもん。

そして気になる独特の文字の機能を外れてうねうねし過ぎるこの線のこと。NHK ETV特集トラウマからの解放」(9月14日(土)放送)で紹介されてたEMDRの眼球運動を経験的に利用してるのかも。書写するにもこっそり取り出して見るにも潜在意識にアクセスためのいろんな作法を経て線を目で追う、なんや同じやんと思てるんやけどな。

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2013年6月23日 (日)

パーツ探しは自分探しでもあるんやな

メインPCが壊れた、メゲた。そんで次のPCは自作や。PCはデリケートなもんでいつ壊れるかも分からん、買い替え費用に15万はいつも置いてるんや。でもしばらく待って誕生日のご褒美にするつもり。PCの組むの初めてやもん、急がんとカンと知識を貯めておきたい。それにIntelの新世代CPU、Haswellが出たとこやろ、その頃には評価や相性問題やら落ち着くやろ。それにネットには無い実感を探しに店に行っていろいろ見て回りたいしな。

こんどは集合場所に行けば後にお任せのパック旅行ではないんや。行き先のこと、そこへの移動手段や切符・宿泊場所の手配など自分で下調べをしてくことになるねん。その分自由に選べるんやけどその分自分が何をしたんか問わないと行き先さえ決められへん。出来合いの製品版PCにしたってなんでも出来る度は高い、何をしたいのか自分で決められいままやとせいぜいPC教室に通って終わりやろな。それだけじゃ道具としてもったいないで。

Pc123パーツ選びは好みを入れて何をしたい、させるのかを自分に問うことなんやろ。うちはPCを主に画材として使ってるねん。画像編集やからゲームほどの高機能は要らん、でもCPU・マザーボード・電源はケチらず長く使うんを見越してオーバースペックや。うち意外と機械に面食いでこれらが収まる箱は値段よりデザインで買うことになりそうやわ。

こうして自分のことが決められるんは自分があるからなんやろね。うちちょっとヘンやから世間の価値に乗れへんことある、皆から疎まれ弾かれるハメに度々おうた。でもこれで自分の中身を知る事が出来たんやからこれも恵みなんやろね。外に作られた価値に乗ってるだけやったらこうして自分で楽しみを創る事まで登れんと思うねん。買う随分前から価値観を選んで詰め込んでDeepに楽しめるてるんやもん、ありがたいね。

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2013年6月 6日 (木)

パワーパブルなんやろな

20年前お金がはじけたバブル、2年半前科学技術がはじけた原発事故。。。信じてきたもんはシャボン玉。そして権力の支配もほころびが見えて来たな。

と言うのもワイドショーを賑わした尼崎連続殺人、うちにしたらこれは世の中が理不尽な暴力と恐怖で弱いもんをコントロールしてる現れやで。

Mylife016うちが学校いじめのサバイバーや。卒業後も長いことトラウマを抱えていたん。それでもいじめっこたちを恨んでない、許してる。同窓会に呼ばれても大丈夫や。

学校ではいじめ、体罰に指導死。社会では理不尽な圧力面接、就職すればブラック企業、職場の困りごと相談で一番になったバワハラ。家庭ではDV、モラハラ。。。サマザマな差別。ヤなことに世の中は弱いもんいじめで成り立って来た。

子どもは言うとおりにはせんのオトナのしてることを真似するもんなん。

うちをいじめた子たちも力で支配の時代の被害者やねん。無意識に寂しさを埋め合わせてたんやろ。人はずーと強くはなれないし、病気や出来事で弱い立場に追いやられるとも限らん。弱いの裏には強いが隠れてる智慧を知らずに来たから自分のどうしようもない弱みに立ち向かう羽目になった時あっけなく脆い。

TVでパワハラ、セクハラで地位を転げ落ちるええ年のオッサンの幼い姿を見るにつけ、この人ホントは心小さくて強いにしがみついてたんやわと思いながら見てるうち。

学校いじめのサバイバーで卒業後も長いことトラウマを抱えて苦しんだ。それでもいじめっこたちを恨んでない、許してる。かえってその時代にとっぷり浸かり脆さを抱えたままいじめっ子たちは大きくなってどうなったやろ。。。ちょっぴっとトラウマ返しで同窓会でそれとなく見てみたい。

感度のええオトナたちは理屈で分からんでも感じてる、もう力で支配するやり方はもうアカン。その限界に気づき分かち合いへとシフトし始めてる、そこが希望や。

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2013年5月27日 (月)

教室内カーストの前と後ろ

うち自身早産で生まれてしもた躓きで幼稚園からずーっと下位どころかアンタッチャブル扱いや。クラス替えしてもひと月も経たんうちにかすかな希望を打ち砕かれて来たん。

一世代上のうちにもカーストはあったんや。なんで校門をくぐった途端、対等に遊んでた友だちがいじめモードになるんか不思議でしょうがなかった。学校の空気を持ちだして遠足に出れば弁当の時間みんな逃げた、1人で食べてた記憶しかないねん。

都合のええように先回りする子は小学生4年生ん時は出始めたような。得やなと思ってもうちはそんなタマシイに嘘をつくようなことは出来んかった。そんで中学になると女子のグループの云々カンヌンはさっぱり分からん、瑣末な力関係にうんざりしてた。到底入り込める余地もなく今で言うポッチやったな。

歩いて通学した高校もアカンかった。校舎から少し離れた図書館が自然科学部の部室、ここはうちの避難場所、飾る能力無くても居られる。止めは高3での修学旅行の帰りの新幹線でのこと。好きなもん同士で座ろになったんや、東京から西明石までの3時間半車両の隅っこボックス席でただひとり弾かれた心痛みに耐えて泣くしかなかったんや。

子どもからは「よう死なんかったなー」。

うん、そのトラウマを抱えながら子たちの不登校を守りきった神様レベルの精神力やもん、どっこい生きてる。

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そんな痛い経験と週刊金曜日に釣られ「教室内カースト」を買ってしもた。

Javascriptであるまいしclassにいじめが継承されるんか気になるねん。なんで13年いじめから逃れることが出来んかったん? その背景が知りたい。

どうやら権力におもねる世間の写しなんやね。頭のええ子は時代の気分をかぶって上位を陣取り下位の子たちの自ら決める自由を奪う、先生たちは世間を都合よく生きる能力だと勘違いし利用してる。。。

権力で奪うことは上にも下にもネガティブな澱を残すだけ。スピリチュアルに言うとタマシイを傷付けるのでお互い良うない、このツケは後でお支払いになるやろと思うわ。

この本が売れてるのは体罰を始め力でねじ伏せる欺瞞と限界に気づき始めたからやろ。感度の良い人は対等と共生へと向かってるのにどうにかならんか。

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2013年5月 9日 (木)

肩こり持ちは懲りへんの

4月半ばから5月にかけての木の芽立ち、体の不調。最低でも1週間は床に臥せ夜はまともに寝られんのや。おととしは咳、去年はいじめトラウマやった。そして今年も医者に行かずにひたすら耐えた。。。

今年は肩こりが過ぎて気分が悪く、微熱が続いた。ずっと前自転車で買いもんに行く途中トラックにぶつかって負けた、救急車に乗せられたわ。幸い唇を縫い、手足を打撲、湿布を土産に救急病院から歩いて途中でスーパーに寄る余裕もある軽いケガで済んだ。帰って毎夜熱が出るのでドクターに尋ねると収縮熱や、筋肉が治そうとして出るもんらしい。今回は痛み抜きなんやけど寝起きの気分の悪さと熱はそん時と同じ、相当疲れと言うダメージをため込んでたみたい。

うちは小さい時から情けないほど体育が苦手、手先は別として体の使い方が下手や。その上体のこと忘れてつい過集中してしまうんやな。うちは気を付けと休めの配分分からん、まして根が真面目やから過集中してしまいそうで外に出ての仕事は二の足やな。

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2013年2月19日 (火)

いじめっ子のその後 まとめのつづき

いじめは根がふかーいんでまとめにならん、つづきや。

自分がされたことしてきたことを丁寧に見ていくといじめるほうが可哀想に見えてくるねんな。作られたものでしか評価されて来なかった悲しさを感じるねん。そのままの自分見せるの怖いし幸せちょっと分けてと言えへん。うちならいくらでも分けたんのに。だから弱いものをからかい、支配して満たされなかった負の感情を埋めてるねん。

いじめは麻薬と同じや。人からひったくったからかいは手にした途端消えてしまうもの、そして乾きもっとひどくなる。もっとたくさんからからないと借りでも満たされなくなってしまうんや。そして奪われた方は辛さの余りもっと弱いもんから。。。こうなったら負の連鎖や。

こうして不満・怒り・悲しみの負の感情を投げ合ってるうちに何処かで吹き溜まり不可解な事件として私らに降り掛かってくるねん。別の形で金や物、ホントの麻薬に依存して身を滅す事やってあるやろ。負の感情はもっと固まっての最終形のテロや戦争に巨大化する気がするんや、おお恐。

だからうちはサバイバーを讃えたい。痛みに耐え愚直に踏みとどまって必死で考えぬいて浄化してきたんや。負の連鎖をたって世界をこれ以上汚さないように。

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