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2011年3月の記事

2011年3月18日 (金)

しまぐらしから今のことを考えてみる その3

子どもの不登校でしまに長期非難。

少し落ち着いて私が向こうに残って住むつれあい君に送ってと頼んだのは絵の具と筆。まだまだ生活に足りないものを探しに漂流物を拾いにスーパー西浜に行っとった。

タイヘンなときこそ創らずにいられない、描かずにいられない。心の形ナマズを嗜めるために。形にならないものを形にして外に出せば心は落ち着く、希望が育つ心の大地へと均すんや。表現は得体のしれないもやもやを形にして外にだすことや。そうすることで人に惑わず自分で自分のことが決められる。忘れた頃に現金化か出来るほどしかチカラの無い私や。けど孤独、いらだち、がんope入院の時も絵を描くことで生きてこられた。

表現することは食べて出すことと同じで生きて行くために大事なことをサバイバーとして身に染みて思うで。出来るなら側に紙が一枚あるなら鶴を折るのもええ、ハサミhairsalonがあるなら切り紙を、鉛筆があるならニコニコマークhappy01を描く、駄文を書き綴る。何も無いなら歌やnote

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2011年3月17日 (木)

しまぐらしから今のことを考えてみる その2

うちらの暮らしは出来合いもの上に浮かんどったんや。。。
こうして海で隔てられたしまぐらしをしてるとそう思う。便利の足りない分代わりに創る生活やった。それがなぜ自分は教てもろとらんのに出来るん??

しまに来る前からようナンヤカンヤ作っとったな。作品のデザインから技法・資料・素材・道具を探すんから始める、それから試作と試行でオリジナルな作品作りや。カントリードールでうちに取材に来た編集さんから「モノづくりの基礎が出来た人ですね」と言われたのを思い出したで。モノづくりには妙にカンが働くんや。それで不便を乗り切り、モノが無くても楽しみに出来たんやと思う。

なんで自分にそんなことが出来るんか考えてみるで。ひとつは小学校の夏休みは母の姉のところ不便な山奥で過ごしとった。自分で遊びを創らな時間つぶせんかった。山で女竹切ってきてよろずやでテグスと針を買い、小麦粉捏ねた餌をつけてよう「ジャコ」釣りしとったな。餌の付け方、アタリの取り方は自分で覚えたんや。ひとりでものごとを果たすための基本を知らずに体得してたんやな。一見無駄そうな試行錯誤のひとり時間が創作の基礎固めになるんやろう。

今回の大地震の津波は大都会の出来合いのものを引き波でさらってしもうた。今までそこにあったものが少し足りなくなっただけでも大騒ぎや。だから忘れていた創る力を取り戻そう、不便はそれで乗り越えられるで。

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しまぐらしから今のことを考えてみる その1

大震災、TVを見るんはしんどなってきた。twitterずっと見とる。そこでしまぐらしで思うこと書けばとのフォロアーからの返信が3日前あったん。とても140時では収まらんのでプログに書くことにする、そしてtwitterにはリンクで返信したことするな。

10年ほど前私は子どもと一緒に不登校から逃れるため瀬戸内の粟島に非難しとった。
粟島は連絡船の便は多く、閉校した海員学校が記念施設になっとる。初上陸、あまり離島と言う感じはせんかった。その海員学校の元教員宿舎に4年間暮らしとったんや。

もちろん引越しも途中は船や、最小限布団と鍋。最初の晩ご飯は鍋で炊いたで。でも何とかする、無いもんは西浜に流れてきたものの中から使えそうなものを洗って使うんや。そこで拾ろたまな板はずっと使っとったで。表札は流木に木工ボンドを文字を書き、乾いた砂をかけて作った。生簀の廃材を拾って後から送ってきた炊飯器の台、流木とスノコで作った棚は今でも玄関のFAX台に使っとる。その柱のギザギザ工合と高さがうちのねこのお気に入りでええ爪とぎ場になっとるで。

食べることもや。広い空き地で畑してもええでというので野菜を作っとった。カキ殻とアマモと雑草を積み上げて堆肥や、農協で肥やしが買えるようになってからもや。週に2回パンも粉からこねて焼いたで。歩いて20歩の海で釣ってくるか、箱で買った鯵はひらいて干物、食べるもんも手作りや。無いもんは自分で作らんと無いんや。

そんな不便でタイヘンな暮らしやったんや。
けど暮らしを創る楽しみがあったんやな。

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